観音像を祀る岩峰
長野市の東側に屏風のように広がる稜線。
菅平から四阿山、毛無峠を経て志賀高原と北へと連なっていく。
その稜線からは幾筋も尾根が伸び、長野市と隣接する須坂市の市街にも尾根が突き出している。
市街地から見ると変哲のないひとつの尾根、標高を上げると険しい岩稜が続く米子山からの尾根。
その先端部に観音像が祀られる蓑堂山がある。
信濃三十三番札所にあたる蓑堂という祠は地震のために倒壊し、観音像は麓に置かれている。
山頂へ登るには山を貫くトンネルの間近から入り、笹を掻き分けて斜面へ取り付いていく。
即位記念碑
トンネルから柵を開き、なだらかに斜面を下りていく。
まずは笹の先にある登山道へ出るため、踏み跡の目星を付けて進む。
どこを見ても疑心暗鬼
明確な登山道が見えるわけでもなく、この先に踏み跡や登山道があるという話しと地形図をアテにしていく。
笹は「なんとなく」という程度の踏み跡で、間違っていると言われたらすんなりと信じそうなほど。
3分ほど笹を掻き分けると、左側に墓地が見えた。
「樋口家」と書かれているのは、おそらく観音像を祀る家の墓地なのだと想像。
ここが正式な登山口になるのか?と思いつつも、その周辺に案内があるわけもなく、電柵の入口が見えるわけでもなく。
笹は疎らになり、踏み跡のようなものも見えてくる。
それが登山道として正しいのかどうかは分からず、間違ってはいないだろう方向へ、歩けそうなところを見つけて進んでいく。
ゲートから8分ほど斜面のトラバースを続けて、ようやく登山道らしい段差を見つけて進んだところ、記念碑が建っているのを見つけた。
御即位記念碑に着くと尾根を真っ直ぐに登っていく踏み跡が見える。
下りにも踏み跡が見え、おそらくあの先は米子城跡。
確かなことは分からない
記念碑の後ろへ回り込むように尾根の斜面を登っていく。
山頂を向いた石仏があり、巨岩が積み重なっている。
この上が山頂。
ただ登るほどに段差が大きく、左右の斜面は急峻さを増していく。
山の高低差以上に高さを感じる
巨岩の段差を真っ直ぐに登っていくように見える踏み跡と、登山道らしくなだらかなところを進んで行く踏み跡と、どちらを歩くか迷いつつ、なだらかな方を選んで登る。
どちらを登っても山頂は近い。
岩に掘られた石段は、苔が生して滑りやすく、間違って谷側へ下りることのないように重心を傾ける。
記念碑から5分ほど。
トンネルから13分ほどで蓑堂山山頂の祠が見えた。
蓑堂山のべべ出し観音跡
蓑堂山の山頂部は、岩峰らしく木々が疎らで眺めが良い。
間近ながらも高さを感じる民家の屋根、妙徳山も近く見える。
街の物音も近くから響いて聞こえる。
観音が置かれていたと思われる祠はコンクリートブロック造で、基礎の部分から傾いていた。
山頂から東へ続く尾根にも踏み跡があり、地形図にも登山道のようにラインが引かれている。
これを辿ると最高地点の大明神石祠峰へ向かう。
この岩稜は高さ3〜5mほどの岩が奥歯のように立ち並んでいる。
岩と岩の隙間も広く、飛び移れるとも思えない。
いったん岩の下へ下りるにしても、高さがあるために簡単ではなく、木に捕まってなんとか下へ。
岩が立ち並ぶ根元のようなところは、急な斜面も緩まって歩きやすくなっていた。
岩に沿って尾根を進んでいくと、さらに高さのある岩稜帯になった。
なんとかして岩の上を渡っていくか、いったん岩の根元へ下りるかと周囲を見回すが、どうにもならないようで、無理のないように引き返すことにした。
山頂は踏んでいるし
ただ戻るにしても、蓑堂山から尾根を下りるのも段差が大きく不安が残る。
それよりも尾根から下りる場所を探し、急な斜面を下りた方が安全に見えた。
下山
落ち葉の積もった斜面を下りていく。
見上げると、つい先ほどまで歩いていた岩尾根。
方向を見失っていないことと、仮に方向を間違ったとしても下りる中で登山道や踏み跡に当たることは分かっていた。
登るときには疑いながら歩いた踏み跡も、下りるときにははっきりとした登山道に見えた。
岩場から数分、蓑堂山から電柵の場所まで下りた。
