丹波の名山 半国山
半国山は京都府亀岡市に聳える774mの山。
その山名は隣接する3つの国を半分ずつ眺められるという山頂からの眺望を指してのことだという。
兵庫県と隣接する山並みのなかにあるピークのひとつで、麓から山頂を望もうとすると、どこがそれなのかはっきりと分からない。
高低差や距離を考えると身近に見えそうで、実際に見るとそうではないところだった。
登山口は分かるのだけど、どこもかしこも山頂部みたいな山並みで。。。
亀岡市内に入り、駐車場をお借りする金輪寺を目印に進む。
主な登山口となる赤熊から登って、山頂からは金輪寺と宮川へと向かう行程を考えていた。
宮川の登山口
宮川バス停から集落のなかへ入り、金輪寺へと近づいて行く。
登山口近くまで来ると、駐車場の案内看板が建っていた。
見ると宮川から金輪寺を経由して登る際に駐車場を使用して良いという。
そもそも駐車場は金輪寺のご厚意で貸してもらっているのだとか。。。
到着するまでは赤熊から登ることしか考えていなかったが、注意書きを見てそれに従うことにした。
事前に見た山行記録などのほとんどが赤熊から登っていたが、この案内に従っているか、車で来ているのが分からなかったこともあった。
駐車場は10台ほどが停められそうな広さ。
今回は気楽に登れる山へきたというつもりもあって、ふだんよりも軽装。
準備を整えるのも早々にして登山口へ向かった。
駐車場から登山口までは歩いて数分。
すぐ近くに見える。
宮川神社の前に登山道へ入るゲートがあった。
宮川神社は明智光秀が波多野氏との合戦の際に社殿が焼失し、江戸時代になってから現在の場所に遷されたという。
鳥居の前に説明書きがあり、亀岡という土地がら、明智光秀縁の何かがあるのかと期待をしてしまう。
ただそれ以上の関わりは書いてはいなかった。
やっぱり光秀がらみを期待してしまう
ゲートを開き、中へ入ると階段が整備された広い登山道が続いていた。
どことなく山梨の七面山のような、参道を歩いている印象を受けた。
不規則ながらも階段上に置かれた丸太、左右に無造作に詰まれた巨石は地蔵や石仏のようにも見える。
陽を遮る木々と、木漏れ日が雰囲気を掻き立てるようだった。
ゲートから10分
広い登山道を歩いて10分ほど。
金輪寺の仁王門跡に着いた。
どんな寺かも分からないまま登ってきて、この跡地を見たときに、実は歴史が深くて文化財的なお寺なのじゃないかと・・
仁王門跡には何があるのかと見回すと、登りとは反対になる左側に展望台があるようだった。
回り道になることに一瞬躊躇う。
それでもせっかくの機会と思い直して、階段を登ってみると小さなデッキとベンチが置いてあった。
「妙見山展望台」という文字に興味が湧き、妙見山が見えることを期待しながら上ってみる。
結果、どれが妙見山なのか分からないばかりか、上ったからといって特別な眺めは無かった。
もとの登山道に戻り、建っている案内の通りに半国山を目指す。
登山道はなだらかで、適当な間隔で階段が付けられている。
折り返しながら登り、ときどき建っている看板を見て、指す方向へ向かっていく。
展望台から7・8分ほどで石積みが立派な登山道に変わった。
いかにも何か謂れのある場所に行き着きそうな雰囲気だった。
展望台から10分
登山道を折り返すと、舗装された道路に出た。
登山じゃなかったら車でここまで来れるパターン
金輪寺
舗装された先には金輪寺があった。
本堂の前を通り、境内を通過して半国山へ向かう。
境内には登山道を示す案内も建てられていた。
お寺のなかを通らせてもらうということで、いちおうは頭を下げてお礼をしたつもりで通過する。
特別なことをしなくても気持ちは大事かなと
金輪寺の本堂は京都の文化財に指定されているもので、中世に建てられたものだという。
他には国指定重要文化財の石塔もあり、参拝を目的として訪れるのも興味深そうだ。
本堂の裏手に回ると石碑が多く、細くなった登山道が続いている。
少し登ると歴代住職の墓石が並ぶ。
その前を通り過ぎてさらに登りが続いていく。
神尾山城跡
緩やかな登りと、少しだけの平坦さを繰り返して続いて行く登山道。
金輪寺から5分ほど登ると、登山道から外れた窪みに堀切跡と書かれていた。
斜面に階段上に作られた地形。
きっと段のひとつひとつに櫓などの建物があり、見張りなどの備えがあったのだろう。
神尾山城や本目城と呼ばれるこの山城は、尾根を利用して作られており、先端部には金輪寺。
城跡より上部のピークまで細長く作られていたそうだ。
亀岡から丹波を北上し山陰に向かう街道を見張る役割もあったようで、明智光秀の八上城攻めにも拠点の一つとして使用されていたという。
現在では地形が残るのみのため、そこから建物を想像し、城の配置や用途を考えて当時に思いを馳せる。
神尾山城跡から少し登ると平坦になり、ピークを越えたようで登山道は下りに変わった。
木々は疎らで地面を覆うような笹や藪も無い。
落葉が一面に敷き詰められて、足を運ぶたびにカサカサと音がする。
2・3分下ったところで、登り返しになった。
金輪寺までの登りとはまったく変わった登山道らしい足元。
ときどき丸太の段差が作られていても、まったく整地されておらず、水の流れでできたような大きな溝ができている。
落葉や枯木で地面も見えなかった。
ところどころに急斜面があり、短い距離で緩斜面に戻る。
木々が開けているところがあったので、そこから景色を覗いて見ると、まだ間近な距離で麓の田畑が見えた。
眺望の無い知らない山は体感時間が長い
落葉がいっぱいだった登山道は、いつの間にか土が見えるように変わり、足元の悪さも少し良くなったように感じた。
登り返してから10分ほどのところで、斜面を折り返していた登山道から尾根道になり、それも数分登っていくと間近に見えるピークの直下を横切るように変わった。
なかなかピークに向かって登り始めることのない平坦な横移動。
まだ山頂に着くような時間ではなかったが、眺望の無い中で見えたピークはどれも山頂だと思える。
平坦なトラバースを続け、なかなかに登り始めないまま、左手側に見えていたピークを巻いて反対側まで進んだ。
するとピークの先、木々の向こうにさらに高い山が見えた。
左に見えていたピークが山頂のつもりで歩いていた。
実はこの先にまだ登るところがあった。
山頂を知らない山では、なんでもないピークを山頂だと思い込むもの
この先に見えるあの山頂のような場所まで、あと15分か20分か。
長く時間を掛けずに登り切れるはず。
そう思っているうちに、右側にさらに高い山が見えた。
よく見ると山頂標のように見えるものが、あるようにも見えてくる。
山頂だと思っていた左のピークは間違いで、正面に見える少し高い山も山頂ではないのかもしれない。
あの左のさらに高い山が正しい気がする。
というような考えを3回くらい繰り返して、登山道に矢印が続いている限りは到着しない。
そうこうしていると、「奥るり渓バス停10.3km」という心当たりの無い地名と距離が出てきて、山頂を過ぎたか?と焦る。
序盤に比べると先を示す矢印の数が減り、知らない山域では不安が募るばかり。
進んで行く途中で木々が開けたところがあり、いかにも景色を見ることが勧められているような雰囲気だった。
近づいて景色を眺めると、思っていたよりも遥かに高低差が無かった。
ただ横には移動したようで、田んぼは少し遠くなっていた。
藪がまったく見当たらず、そういう山なのか踏み跡が辿れているのかと迷いが出てきたころ、山名の書かれた矢印が建っていた。
ハイキングコースと書いてある
トラバースから尾根道、それを過ぎて広い緩斜面に出ると、どことなく人の気配や手が入ったような雰囲気の場所になった。
登山道の矢印は、あいかわらず「奥るり渓バス停」を指している。
それと加えて「井手」という地名のような看板も建っていた。
地名を見たところでよく分からない
伐採をしたのか刈り払われたのか、不自然に木々が開けているところがあり、その上を高圧電線が敷かれていた。
間近には大きな鉄塔も建っている。
このあたりから見るからに植生が変わっていた。
落ち葉の多かった登山道は、眺望は無くとも葉が落ちる木々が多かったのかもしれない。
この先は薄暗く冬でも真緑の杉林。
いかにも植林したという雰囲気の森が広がっていた。
杉のなかへ緩やかに登山道が続いて行く。
「るり渓 井手」という看板が建っていた。
山頂まで残り300mを示す案内も。
途中で不安を抱きながらも山頂が近いところまで歩いてきた。
案内の矢印が示す先は、杉の森から出て明るい落葉の斜面。
ただ、ここまで登って着た中で一番角度が急な登りだった。
ロープが張られて、それを手がかりに登るようになってはいるものの、乾燥した葉と湿気た地面が滑りやすい。
おそらく明け方に固く締まっていた霜柱が、この時間になって溶け出し泥濘んだ地面にしているのだろう。
ここにきて軽装の靴がズルズルで・・・
杉のなかで山頂の案内板を見てから5分。
急斜面を登ってようやく山頂が見えた。
伐採された木々が多く地面に広がっている。
写真で見た景色の良さそうな山頂は、人の手で作られているのだと知った。
ナチュラルに半国見えているわけじゃないのか
半国山山頂
登山口から1時間23分で半国山の山頂に着いた。
なかなかに着かず、遠いと感じながら登った登山道は意外とコースタイム通りで、ほぼ予定通りの行程だった。
知らないエリアと知らない景色、登山道では体感時間が違うことをつくづく感じた。
山頂部には巨石で作られた神々を祀る碑。
「日本大小神祇」と刻まれた碑は、大小様々な神々を総称して祀っているという。
その傍らには山名が書かれた山頂標が建っていた。
いったいどこまで見えるのだろう?
山頂からの眺めは楽しみにしていた。
特に東側は亀岡市街を越えて京都市街まで見えるのではないかと期待していた。
山頂標の向こうから見ると、京都はいったいどこにあるのかと思うほどに山並みと田畑が見える。
振り返って西側に目を移すと、うっすらと大阪湾のようなものが見え、おそらく摂津国は見えている。
この山並みのどこかが播磨国。
摂津と播磨が見えているということは、山城国にあたる京都市は見えなくて当たり前かと納得し、丹波国を含めた3カ国の眺望は評判通りだった。
なによりも日本大小神祇の下に置かれた山名。
その存在感は強かった。
風を遮るものがなく、西からの風が当たる山頂は、この時季に長居するには不向きだった。
陽は当たっていても、必要以上の防寒着を持たなかったため、早々に下りることにした。
下山
下山は山頂を挟んで反対側へ下りる。
宮川バス停から登り、赤熊へ下りたいと考えていた。
細かなアップダウンや斜面の変化が多い金輪寺経由の宮川コースと、一直線に登る赤熊コース。
この周回が半国山の定番のようだった。
とにかくひたすらに下りる登山道で、山頂から急斜面を下りていく。
特に見える眺望はなく、登山道上で気になるようなところもなく、10分ほどで牛つなぎ広場に着いた。
牛つなぎ広場
山頂から9分
牛つなぎ広場はチェックポイントのひとつと考えていた。
ただどこがどうして「牛つなぎ」なのかは知らないまま、下りる先の分岐点だという認識だった。
建てられていたイラストの案内板を目にして、よく理解できずに見えている登山道を下りることにした。
方角は間違っていない
牛つなぎ広場から下は杉の森。
薄暗く、溝の上にできた狭い幅の上を歩いた。
段差や石が多く、下りるには足元が悪い。
登りに使うのに適した登山道だと思いました
10分ほど下りると登山道の右側に沢が見えた。
流れが急ではないのに細かく折れ曲がったり段差があったりで、流れの変化を楽しめる沢だった。
登山道も沢のように細かく折れ曲がっていたり段差があったりで、足を置く場所を考えながら下りていく。
ちょっと下りるのが難しい
音羽の滝
牛つなぎ広場から20分。
2段の大きな滝が見えた。
上から沢を見下ろして歩いていたため、通り過ぎてから滝の存在に気が付いた。
ふたつに分かれて流れ落ちる滝はなかなかに立派で、赤熊から登る楽しみもあることを知った。
今回は宮川から登ったけれど、次に登るとしたら赤熊から
石と段差に気をつけながら、沢の横を下りていく。
気を遣って下りていくところが体感時間を長く感じさせて、登りのときのように「長い・まだ着かない」と思えた。
音羽の滝から10分ほど、木々の中に横断幕のようなものがかかっていた。
潜ってみてから振り返ると「めざそう半国山」と書いてある。
ここが登山口のようだった。
石と段差の登山道がようやく終わり、未舗装の林道を下りる。
そう遠くないところで民家が見えてバス停に着くはず。
4分ほど下りたところで獣除けのゲートが見えた。
赤熊バス停まで下りて、駐車場の宮川まで戻る。
山と田畑を見ながらのアスファルトを20分。
のどかな景色の広がる一帯だった。





