妻女山から鞍骨山へ登る山城の登山道
長野市の南側、松代から坂城町の鏡台山へと繋がる尾根が街を囲むように聳える。
戦国時代に上杉謙信が陣場を置いた妻女山、江戸時代の松代藩があった中心地だった街、歴史と趣を残す場所を尾根が囲んでいる。
松代から鏡台山へと向かう中腹に鞍骨山がある。
麓から見上げても、そこが山だとは思わないほどに存在感の薄いピークで、ただ奥深いところへと繋がっていく途中としか見えない。
展望台のある妻女山や、その奥にある謙信陣場のほうがよほど知名度が高く、よほどこのエリアを歩いているひとでなければ、登山道どころか山名も知る機会はないだろう。
妻女山の登山口
車道から細い道を上ると展望台が見えてくる。
川中島の古戦場となる八幡原を見渡すことのできるこの場所が、いわゆる妻女山といえる。
さらに奥に進むと斎場山があり、妻女山は本来斎場山を指すということも耳にしたことがある。
どちらが分かりやすいかといえば、展望台のあるここを妻女山としていたほうが自分自身の理解がしやすい。
忠魂社を過ぎて奥まで進むと、道路が広く車を停められるスペースがあった。
10台ほどは停められるようなスペース。
車高の高い車であれば、さらに奥まで乗り入れられるが、一般的にはここから歩く。
準備を整えていると、さっそく大きなアブが車に突撃をしてきた。
日中の陽が高くなった時間帯。
夏の昼間はアブが危ない。
早々に準備を整えて林道を上ることにした。
杉に囲まれた林道は、ときどき間近に高速道路が見える。
麓の田畑からもそう遠く離れてはいないため、車やバイクが通る音が近く聞こえた。
道に沿って折り返しながら上っていくと、10分ほどで斎場山との分岐に着いた。
謙信陣場
右へ行けば斎場山という分岐。
斎場山へ向かうと千曲市方面へ下りることもできる。
間近にある斎場山も見てみたい気もするが、今回は広い道の続く謙信陣場のほうへ向かう。
まっすぐに続く道に沿っていくと、左に貝母の群生地という案内が建っていた。
春先にここへ来ると貝母が多く咲いているという。
少し道が蛇行すると、謙信陣場に到着した。
スタートしてからここまで15分ほど。
青々とした草原しか見えない。
謙信がここから海津城を見て・・・という4回目の川中島の合戦でいわれるような炊飯の様子は見えそうになかった。
陣を張った場所と物見をした場所は違うだろうから。
貝母が咲き、謙信の陣場が見られるというこの場所は、季節を変えて訪れるのも良い。
今回は葉がめいっぱいに茂っているタイミングになったが、葉が落ちた春や秋なら見えるものも変わるだろう。
積雪量もそう多くないことを想定すれば、冬でも見えるものが多そうだ。
陣場から天城山
陣場を過ぎると、少し登って下りるように進む。
下りたところで、左側へ踏み跡にしては少し広い地形が見えた。
この真下を通っている林道へ繋がる道かと思い、様子を伺いながら歩みを進める。
すると、ここまで歩いてきた広い道が突然荒れた状態になり、そのまま進むコースと登山道のような斜面を登る狭い道に分かれた。
うかつに広い方へ行くと千曲市の方へ下りてしまいそう
登山道をまっすぐに登っていく。
左右には笹が茂り、謙信陣場までの広々とした雰囲気とはまったく違う様子。
左側には尾根が見え、登山道は尾根の肩を歩くような地形に変わっていた。
尾根の上を歩くのが正しいようにも思え、その方向を見ると足跡のような踏み跡のようなものも見える。
ときどき木の間から街の様子が見え、このあたりを通りかかるときに見えるものが違う角度で見えると雰囲気もだいぶ違う。
気になっていた尾根が近づいて、尾根の上の登山道に出ると杉が深く立ち並んでいた。
木の間から景色が見えたり、木漏れ陽があったりといった雰囲気が無くなり、杉の葉がビッシリと茂って影の涼しい雰囲気になった。
ただ影が涼しげなのは雰囲気だけで、実際は隙間もなく風も通らないというような蒸し暑さだった。
天城山はすぐ間近に見える。
踏み跡はまっすぐに続くものと、左へと進むものが見える。
気持ちとしては緩やかに登りたいが、確実なのはまっすぐだろう。
暑い最中に急な登りを歩くのもだんだんと億劫になりつつ、目の前の天城山へ向かう。
天城山
スタートして36分、天城山に到着した。
城跡があったという山頂部は広くはなく、10人ほどが腰を下ろせるほど。
まったく眺望はなかった。
石積みと石室のような掘った地形が残っている。
浅い堀切がいくつかあり、きっと山城について詳しければ痕跡をもっと多く見ることもできたのだろう。
二本松峠
天城山からなだらかに下る。
杉の中を縫うように踏み跡が続き、それに沿って行くと唐突に鉄の看板が見えた。
右へ下りると、あんずの里や森、倉科などの千曲市方面、左へ下りると清野と書かれていた。
地区名で書かれていても良く分からない
鞍骨山はさらに先。
二本松峠を過ぎたところに城跡まで850mと書かれた案内が建っていた。
薄暗かった杉の森は、この案内からの直登では明るく陽が射していた。
まっすぐに登った先は少しずつ落葉松が増えてきた。
このあたり、鏡台山や五里ヶ嶺の植生のようにも感じられる。
ちょっとだけの変化で気のせい的な感じなのだろうけど
左右に茂っている笹の中、登山道は尾根に沿って平坦でなだらかに続いて行く。
すると深い堀切があった。
平坦な登りから急激に落ちる堀切。
斜面には階段が作られ、ロープが張られているため歩きやすくはなっているものの、これが城攻めの状況であったらと思うとこんなにも進みづらいものはないだろう。
笹の中に急に堀切があったら転び落ちそう
堀切を越えると見通しの良い尾根。
緩く登っていくと鉄塔の下を潜った。
鉄塔を越えるとまた堀切があり、山城らしい雰囲気が感じられる。
尾根は天城山のあたりと比べると広く平坦。
笹が茂っていたのも一部のみで、鞍骨山へ近づくほどに藪に隙間があって明るい。
先にはひときわ高い丘のような斜面が見えてきた。
鞍骨山
鞍骨山の山頂の手前は高い石積みとなっていた。
どこから登れば良いのかと周りを見回す。
どこにでも踏み跡がありそうで、段差を踏んだ跡が見えているように感じた。
実際、登山道は右側の奥から回り込んで登るようになっているが、正面から石積みを見ているとその登山道には気が付かない。
石積みの手前にもロープが張られ、いかにもそこから登って良いようにも見える。
石積みは踏み固められているわけじゃないから、てきとうに踏み入って崩れるとかあると思います
山頂の石積みは3段ほどに分かれていた。
下から見上げていたときには気付かなかった地形が、登っている途中で見えてきた。
踏んだ跡に見えたものも、実際には草が生えてできた段差だったこともあった。
登山口から1時間1分、鞍骨山の山頂に到着した。
天城山と比べて広い鞍骨山。
草が生い茂ってはいるが、山頂標がありひと息付ける場所になっていた。
周囲には木々が多く生えているために眺望は無いが、南側に鏡台山かと思われるピークが遠く見えた。
木を払えば松代が見えるんじゃないか?
下山
鞍骨山の山頂の西側、石積みとは違うところにある登山道から下りた。
急な斜面で足が取られやすい。
木を掴み、段差を踏みながら尾根の下へ。
山頂からなだらかなところまで下りてからは、歩きやすい傾斜の登山道を下山していく。
二本松峠で清野へ下りてみたい誘惑に駆られつつ天城山へ登り返す。
天城山の山頂は巻きたいと思っていたが、巻き道らしいものが目につかないまま、結局は山頂へ。
そのまま謙信陣場へ向かって下りていく。
登山道から、広い道まで下りてきた。
登りでは突然に登山道が見えた分岐点。
ここで右へと下りる踏み跡のようなものがあり興味を惹いていた。
藪の中へ
人が並んで歩ける程度の広さで、それが不自然で踏み跡に見えるような地形。
直近で人が入っていないかもしれないけれど、でも明らかに入ったのではないかと思える。
この下に林道があることも分かっていたので、道が分からなくなっても下りれば林道に出ることができるため、この踏み跡のような地形へ行ってみることにした。
下りてすぐに伐採した丸太が積んであった。
このために入った踏み跡だったようだ。
見回すと、左へと進んでいる踏み跡。
この藪の中、歩けるところはどこでも踏み跡に見える。
藪の中は体感時間が長い
歩けそうに開けているところを踏みながら10分ほどで林道に出た。
この林道を右へ行けば清野、左へ行けば登山口へ。
左側に謙信陣場があるのだろう森を見ながらの下山だった。
ものすごく暑かった
最後まで見てくださり
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