栗和田から箱山へ登る
中野市の市街地から近く、高低差は200〜300mほど。
近隣のどこからでも山容が見える。
隣の山ノ内町とを隔てる位置にあり、山の大きさとは関係なく存在感は強い。
箱山の山頂には城跡があったという。 間近に聳える鴨ヶ嶽にあった、高梨氏の城の支城として築かれたようだ。
山があったら城があるみたいな感じ
栗和田登山口
箱山の北側、栗和田から箱山へ登る登山口がある。
登山口の周囲には道路が狭く、駐車ができるスペースもないが、貯水槽を過ぎたあたりで道路脇にスペースが空いていた。
その場所を借りて準備を整て登山口へ向かう。
農作業の邪魔にならないように
登山口に建てられている看板は色が褪せて、建てられてからの歴史を感じる。
登山道には階段が整備され、その先には鳥居が見える。
栗和田からの登山道は、浅間神社里宮の址があり、登山口から見えているのはその鳥居だった。
鳥居を過ぎると足元には山頂を示す矢印。
そこには里宮址の文字も見えた。
城跡にしか頭になかったので神社の跡地は意外だった
山頂へ向かう
鳥居を過ぎると緩やかに登る。
右側には尾根が続き、左側には畑や農道が見える。
登山口から入らなくても、農道の脇から入れるような踏み跡も付いていた。
電柵を過ぎると、いよいよ勾配が厳しくなり、農道の脇を歩くような長閑な雰囲気は変わる。
丸太で作られた階段は湿ってぬかるみ、勾配はますます急になっていく。
右側に見えている尾根は高くなり、斜面には大きな石ばかり。
地すべりで露出した石なのか、そもそもの熔岩石なのかと思いながら登っていくと、直登していた登山道が塞がれていた。
きっと崩れた。何回も。
矢印が示すとおりに登山道は左に折れ、斜面を横切るようにして登る。
急な斜面を見下ろすとなかなかに高さを感じ、見上げてもこれから登る先の高さを感じる。
右側に見えている尾根に近づく様子も無く、このまま斜面を登っていきそうな雰囲気。
折り返して、登山道にならって歩いていくと、突然鼻息のような音が聞こえた。
鼻息が聞こえた方向を見ると、カモシカがこっちを見ている。
どうも人間がいきなり近づいてきて、カモシカも焦ったようだった。
こちらからもカモシカから視線を逸らさずに、ゆっくりと歩みを進めてみる。
登山道の方向からして、カモシカへ近づくことはなく距離をとりながら山頂へは進めそうだった。
ただ刺激をしてはならないのだろうと、様子を伺いながら歩いていく。
すると、カモシカも斜面を登って離れていった。
ずっと見てきた右側の尾根、なぜかその尾根を登ると思い込んで見てきた。
その尾根の脇を登り続けても、実際には尾根には登らず斜面を折り返して、ひとつ隣の尾根に取り付いた。
浅間社
尾根の上に登ると山頂を示す看板があった。
山頂の反対には浅間社と展望台、里宮址は登山道の序盤で見逃していた。
登山口からは21分、なかなかに大変な急登だった。
尾根の上は細く、両側は深く切れ落ちている。
一部、広くなっているところに浅間社の社殿が建っている。
周りには木々が茂っているため、展望台のような雰囲気がなかった。
この社殿の先、尾根の先端で眺望が良いのかと覗き込んで見たが、そんな雰囲気も感じられなかった。
ここからの景色は見なくてもいいか
浅間社から山頂へはすぐ。
分岐まで戻って見上げると、急斜面の先に山頂が見える。
細い尾根を渡り、ロープの張られた急斜面を登る。
浅間社から3分ほどで山頂の直下に着いた。
斜面にはいくつか踏み跡があり、どこからでも登れそうな雰囲気の段差があった。
ただ正しい登山道は右へ巻いているようだった。
箱山山頂
登山口から24分で箱山の山頂に到着した。
山頂には石碑が建ち並び、城跡らしく周囲に巡らされた堀切が見られる。
それ以外には目立った遺構は見られなかった。
たいへんでした
周囲は木々に覆われ、西面の一部だけは中野市街が一望できた。
その先には斑尾山、妙高山、黒姫山。
この高低差では満足度の高い眺望だった。
下山
山頂の様子を楽しんだあと、登ってきた道を折り返して下りることにした。
直下で見えた踏み跡のひとつを下りてみたいと思い、踏み出してみたものの、落ち葉が滑る上に見た目以上の斜度を感じ、やはり登山道を歩くのが間違いないと感じた。
登山道に戻り細尾根を下りる。
浅間社の分岐からは急斜面を見下ろしながら登山道に沿って折り返して下りていく。
登りで見かけたような動物に会うこともなく、電柵まで戻ってきた。
電柵を過ぎると斜度も緩く、登山口へ戻るだけ。
短時間での箱山は、時間と高低差以上に、斜度が厳しく感じる行程だった。
