金井山

485m

2026年1月23日

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登り
下り
最高標高
485m
登山口標高
347m
距離
2.26km
累積標高
142m
142m
平均斜度
7.17度
時季
2026年1月
天気
晴れ
日程
日帰り
水の量
水ナシ
歩いた時間
登り0:22/下り0:16/合計0:38
平均歩速
3.57km/h

この日のペース

  1. 登山口
  2. 展望台(0:03)
  3. 不動心(0:07)
  4. 金井山 山頂(0:22)
  5. 登山口(0:38)

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※距離と「登り+下り」の累積標高から計算した目安の値です。
※雪質・気温・荷物の重さ・歩くペースなどにより、実際の消費カロリーは大きく変動します。

そんなに高い山ではないので、気軽に行けるのだろうなという想像をしつつ、街から見上げたときの崖の険しさには思うところがありました。
気軽に行けるということは短時間ならではの想定することもありますし、軽い準備だからこそ準備不足になり得るところもあるのかなと。

戦国時代の長野市周辺の歴史は興味深く、川中島の合戦も武田と上杉という長野市周辺からすればヨソ者同士の戦の舞台になったところという印象です。
長野周辺の豪族も無関係ではないにしても。と。

低山や里山というよりも内山といえる街から身近な山ですが、採石の山だけあってたくさんの巨石があり、城跡ならではの地形の変化があり、非常に楽しめる山でした。

使った登山道具

城跡の残る柴石の山

金井山は長野市の松代町にある細長く岩崖の目立つ山。
街からの高低差は200mもなく、尼厳山から北西に延びる尾根のひとつや、名も無い山のひとつとも思われる。
それほどに存在感がなく、おそらく近隣に住んでいなければ気に留めることもないだろう。

標高483mのこの山は柴石と呼ばれる採石が盛んで、松代城の石垣にも使われたそうで現代では石材店が並ぶ。
その採石のせいか尾根状の両側には山肌が露出し、険しい崖を作っている。
戦国時代にはこの特徴的な山の上に城が築かれていた。
松代城を見下ろし、第4次川中島の合戦の舞台となった八幡原や妻女山も見渡せる。
武田の侵攻の影響を受けただろう小勢力ばかりの一帯に、城の築かれた山が多くあったことを思いつつ、松代町へ向かった。

八幡原を見下ろす山城の金井山

長野市の東側に見える四阿山と根子岳。
菅平を経て尾根を伝い、奇妙山が街を見下ろすように聳えている。

金井山は奇妙山から伸びる北西の尾根の突端にある。
江戸時代には真田氏が収めていた松代町で、戦国時代では川中島の合戦の舞台になった一帯。
小豪族が多く眺望の良い山には漏れなく山城があった。
標高の高い奇妙山にも城跡があり、そこから尾根を伸ばした尼厳山にも城跡。
この金井山にも松代城と妻女山を見渡し、川中島周辺とさらに北方を見渡すことのできる山城があった。

そして峠を挟んだ寺尾山にもさらに城跡。
まさに城跡の銀座通りのような尾根が金井山。
石材としての柴石が採れる山で、その巨石は松代城の石垣にも使われていたという。

奇妙山登山

街から山頂部を見ると不自然に平坦な地形が見えて意味深だった

金井山駅跡

廃線になった長野電鉄屋代線の金井山駅跡。
今は広く空き地のようになっている。
邪魔にならない場所に車を停め、歩いて登山口へ向かう。
主要な道路から少し外れたところにある登山口。
周囲の道路は狭く、池と民家に挟まれて分かりづらい。

奇妙山登山

登山口にも車が停められそうなスペースはあるのだけど、停めても良いよっていう雰囲気ではなかったです

柴の登山口

登山口には神社や石碑が建ち、目の前には岩壁が見えていた。
その横に階段があり尾根の上へと続いて行く。
階段は幅が狭く、さらに斜面の端の上を歩くように道が続いていく。
登山口から見上げていた岩壁の上を歩くのは、20mほどでも高さを感じるようだった。

奇妙山登山

階段を登って崖の上に行く感じ

3分ほど、展望台に着いた。
東屋が建ち、尾根の先端から長野市街が見える。
登山口から40mほどの高さで家々の屋根が見える。
景色を一瞥し、先へ向かおうとすると東屋の周りにある石碑が目に入った。
何かしらの謂れがあるものなのか、石が豊富だから建てられたのかと。

奇妙山登山

石材屋さんが建てたのかな?とか想像してた

東屋からはしばらく緩やかな登りが続く。
足元には枯葉で、左右には草木が茂って眺望はない。
1分か2分ほどで忠魂碑を過ぎ、その先に貯水池があった。
この尾根の上に貯水池というのも不思議な印象だった。

尾根の登山道

貯水池の傍らには東屋が建てられていた。
展望台にあった東屋よりも時代が古い建物。
その東屋の基礎部分は石積みになっているようだった。

奇妙山登山

なんかいろいろ人工物が多い

さらに2分ほど、不動心と書かれた社殿が建っていた。
中に不動尊が祀られているのかと様子を伺うと、建物の裏手に2体の石仏が佇んでいた。
「これが不動尊か」と眺めたあと、先を見ると存在感のある石仏がこちらを見ていた。

高さは3mほど。
5頭身ほどだろうか。
頭が大きく、細い目がまっすぐにコチラを見ている。
なんだか近づきがたいと感じつつ、見ると「金井山平和観世音」と書かれていた。
その背後は木々が切られて眺望が得られる。
松代に広がる畑がよく見えた。

奇妙山登山

でっかい石仏がいきなりこっちを見てるからビックリした

石の多いの登山道

金井山平和観世音を過ぎると遊歩道が終わる。
整備された道から踏み跡の登山道へ。
遊歩道ではなくなったとはいっても、落葉が深いだけで藪化していないため歩きやすい。
周りには巨石が多くなっていることに気が付いた。
石の種類までは興味を持ったこともないため分からず、ただ同じ色と質感の石が次々と現れるのはおもしろい。
もともと金井山は石の山だと思いながら登山口から入っているため、思っていたものが見られることにも惹かれた。

奇妙山登山

巨石が多い

登山口から15分ほど登ったところ。
ここまでの登りはひと段落したようだった。
山の形状からすると、登り終えると山頂まではアップダウンを繰り返しながら、ほぼ平坦な移動に変わる。

アップダウンも山城ならではの堀切や、地形の盛り上がりのような程度。
少しの段差を下りたり登ったりしていると、いきなり巨石が現れて、それを巻いて上に登るなど、なかなかにおもしろい。

奇妙山登山

堀切は人口的に掘ったのだろうけれど、巨石の壁はもともとあったものを曲輪として利用したのだろうなっていう想像

登り始めて20分を過ぎたあたりで、山頂部が見えて来た。
横に移動しているだけで山頂部が見えても高さを感じない。
ただ櫓などの人工物があったのだろうと想像ができる平坦さ。
深い堀切や石積みを見ながら、山頂部へと近づいた。

奇妙山登山

堀切も石積みもあるけれど、階段も整備してあった

金井山山頂

登山口から22分での山頂到着だった。
平坦で広く、意味深な石積みが残る山頂部。
山頂の標と金井山城の印が掛けられていた。

山頂のすぐ下を高速道路が走り、南側を木々の間から除くと松代の街並みが見える。
北側には同じく山城の霞城のあった山。
山頂をさらに進んで鳥打峠へ下りることもできる。

奇妙山登山

階段を登って崖の上に行く感じ

山頂の周りを見ると、川中島が一望でき合戦時には周囲の山々の動きが分かる上に、松代の城や街の中まで見ることのできる立地は、重要な位置に城を築いたのだと感じた。
実際、川中島の合戦ではこの周辺も攻防の舞台になっていたようで、金井山周辺を抑えることが重要な局面もあったのだろう。

金井山からの下山

下山はピストンか峠を下りるかの2択。
どうするかと少し迷って、ピストンすることに決めた。
天候が良いこともあり、もしかしたら野鳥が見られるかもしれないと期待をしてのことだった。

奇妙山登山

この尾根の周りは鳥がいる

堀切の深さや曲輪があっただろう地形を歩き山城跡を楽しむ。
長い行程ではないために、すぐに名残は通り過ぎてしまう。
ただ登りでは気が付かなかった、大室古墳の標識を見つけたときには、興味の対象がまたひとつ増えたようだった。

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