冬の東尾根を登る
登る前から雪の少なさには驚いていた
五地蔵山の東尾根は、戸隠牧場から入っていく。
冬季は高妻山の駐車場が除雪されていないこともあり、管理棟周辺の空いたスペースに車を停めさせてもらう。
広さは除雪の状況にもよるところで、この日は他に3台ほどの乗用車が停まっていた。
時間が早いほうが良いのは分かっていたけれど暗いのは嫌なので。
日の出の時間を待ってから。
準備を整えて戸隠牧場へ。
車道には前日までに雪が降ったこともあり、20センチほどの新雪があった。
キャンプ場内のコテージを横目に見ながら牧場へと入っていくと、目の前には九頭竜山と鞍部の一不動が見える。
さらに右側へ稜線を追っていくと、五地蔵山が尖塔系が見えた。
ちょうど朝陽が当たり始めた時間帯で、背中側に見える信濃町と飯縄山との間から、空が明るく橙色に変わっていく。
これは・・・イイ
この時季の戸隠の日の出は6時50分頃。
見晴らしの良い戸隠牧場内で朝陽を迎えるには20分前には駐車場を出発していたい。
積雪のある牧場内を縫い、右手側後方から朝陽が昇ってくるのを感じながら稜線を見ると、うっすらながらも赤く染まり始めていた。
積雪量が少ないからなのか、戸隠らしい荒々しさが見られるようで、特に九頭竜山から一不動へと至る岩壁は印象的だった。
信濃町方面には、野尻湖から上がる蒸気で厚い霧が立ちこめ、雲海のように街を覆っている。
その景色の周辺では木々に霧が凍り付き、柔らかそうな質感で景色を作っている。
黒姫山には山頂部を隠すように雲がかかって見える。
とても透き通った空の朝で、信濃町から先には苗場山や鳥甲山と思われる山陰も見えていた。
ここから苗場が見えるの?
牧場内から一不動へ向かう登山道と分かれ、弥勒尾根への入口へ向かっていく。
大洞沢に掛けられた橋を渡り、誰も踏んでいない新雪に足跡を付けながら、左側には五地蔵山と戸隠連峰の稜線。
右側は朝陽が昇って徐々に明るくなっていく。
朝の景色を楽しみながらのんびりと歩いて、登山口から40分ほど。
弥勒尾根新道の登山口に着いた。
この沢沿いに林の中へと入り、東尾根への取り付きを探っていく。
大洞沢を詰めるか、弥勒尾根の沢を詰めるかっていう感じだった
整備された登山道と違い、藪が開けているよなところもなく、積雪が多ければ草木は雪の下に埋まっているものの、この雪の少なさではそれも叶わない。
笹の上に積もった雪は、ふわっと乗っているだけのために踏み抜きやすく、足を一歩踏み出すたびに膝ほどまで埋まってしまう。
太股を高く上げて雪の上に置くたびに、踏み込んだ感触も無く同じくらいまで埋まることを繰り返していると、一歩ずつの疲労感も大きい。
早々にワカンを履き、できるだけ埋まることを避けて足の置き場を選びながら東尾根を目指す。
久しぶりのワカンで履き方を忘れてしまった
登山口から藪の中に入って、しばらく右往左往としながら沢に沿っていったものの歩きづらさは変わらず、林の中から出て少し沢から離れた木々の開けたところを進んだ。
新雪の中には動物の足跡がいくつもあり、中には人が歩いた跡と間違えるほどに大きな踏み跡もあった。
それをトレースだと思って近づいていくと、カモシカのような細い足跡だったこともあり、なかなかに人のいない感が強かった。
あまりに大きな踏み跡だったから。
木が開けていたところもすぐに終わってしまい、また林の中へ入って踏み抜きを繰り返していく。
右側には登山道のある弥勒尾根、進んで行く方向にはふたつの尾根が見え、どちらへ取り付くのがスムーズなのか地形図を見ながら歩いていく。
すぐ近くに見えるところが取り付きやすいとしても、登っていった先の等高線が詰まっているのも難しそうで、どこから入るか迷った。
ひとあしで跨げる程度の沢を越え、いよいよ尾根を登っていく。
今までの踏み抜きに加えての傾斜は疲労が溜まる上に難しかった。
雪の下にある笹まで足を埋めてしまうと、斜面に沿って足を滑らせてしまい、そのまま足を取られて登ることができないこともしばしば。
木の葉が無いので陽射しを受けると暑く風が吹くと体が冷える。
斜面には葉の落ちた木が隙間無く生えて、それを縫うようにしながら新雪を踏んでいく。
この尾根が急斜面と緩斜面を繰り返しながら山頂まで長く続く。
久しぶりのワカンが上手く履けなくて。。。
特に景色の変わり映えもなく、ただ延々と急斜面を登っていく。
斜面を登っていく後ろの方からは、人の声のような物音が聞こえて、誰かが足跡を追ってきているのかと思うほど。
それが戸隠スキー場の音だと気が付いてからは、その声に振り向くこともなく、ただ新雪の急斜面を登っていく。
葉の落ちた斜面から針葉樹に囲まれた中に入ると、いったん斜面の角度が緩む。
足元は細く、右側が高く切れ落ちている。
木の枝や根が張りだしているため、ワカンを履いたままで尾根上を歩くのは踏み込む場所が安定しない。
バランスを取りながら杉の中を歩き、登山道を覆っている細かな枝を掻き分けていく。
そういえば、やっぱりワカンの履き方を間違えているらしい。
前後反対だ。
針葉樹の林が落ち着くと、尾根上に一面のシャクナゲが群生していた。
戸隠周辺でシャクナゲを見ることが珍しく、あまり印象にも残っていない。
一般登山道ではないため、花の季節に見ることは無くても、ここでシャクナゲを目にするとは思ってもいなかった。
こんなにたくさんあるのか。
この尾根の右手側は崖になり高く落ちている。
新雪が崖へ迫り出していることも考えられるため、近づかないようにしながら、できるだけ木に掴まり頼りにしながら歩いていく。
この細尾根を過ぎると、また葉の落ちた林に変わり、急な雪の斜面になった。
斜面の左側には高いピークが見え、あれが目指している五地蔵だろう。
日影でサラサラとした乾いた雪は、踏み込んだ分だけ埋まり込むようで、その雪の下が笹だった場合はさらに滑る。
やっとの思いで登り切ると、五地蔵の稜線が見えた。
振り返ると飯縄山や遠くには南アルプス、うっすらと富士山まで見えた。
富士山を見るのなんて久しぶりだ
高く見えている五地蔵山へ、いったん傾斜の緩まった尾根を登っていく。
すぐに急登になり、場所によっては幅1mもなさそうなほどの新雪の尾根もあり、なかなかに大変な難路が続く。
急な斜面は笹の茂り具合や、木の枝の張り出し具合によって、雪の下が大きく窪んでいることもあり、ときには腰まで踏み抜いてしまうこともあった。
春先の雪解け時期にあるような状況だった。
同じ斜面でも陽の当たりやすい左側と、日影になりやすい右側とで雪質が違い、陽の当たる方が締まっていて登りやすかった。
踏み込んだときの手応えが違う感じ
急斜面は、手を付き、木を掴みながらゆっくりと高度を上げて行く。
目の前に見える五地蔵山は確実に近づいていて、眺望が開けるたびに、その距離には気持ちが高まる。
ただ近づくほどに残る高さが感じられ、その高さには木が萎える。
近さと高さの矛盾したテンションを持ちながら、隣の尾根に見える弥勒尾根新道から今の高さを測って見る。
木が開けたところでは、黒姫山をはっきりと見ることができ、戸隠連峰の険しい岩壁を見ることができた。
振り返ると飯縄山が見え、それよりも足元の傾斜角の方が迫力があった。
よくもこんなところを登ってる
雪が少ないとはいえ、標高を上げてくると積雪量が増し、雪の重みでたわんだ木も多くなる。
新雪を踏むと葉に乗った雪が大きく沈み、そのまま足も嵌まり込んでしまう。
序盤で苦労した笹の踏み抜きとは違って、嵌まり込んだところに枝があると足が抜けづらい。
ワカンを履いたままで足を落とし、枝の引っかかりに苦労しながら足を抜いて、また足を雪に乗せると踏み抜きを繰り返す。
改めて戸隠の方向を見ると、九頭竜山に隠れていた西岳や本院岳が見える。
さらにその先には唐松岳や五竜岳。
戸隠越しに見る北アルプスは、どちらの山肌も荒々しく迫力があった。
キタコレ
稜線はすぐ近くに見え、この稜線の終わりも近い。
上に行くほど雪は乾いてさらさらしている。
どこに足を置いても埋まってしまうようで、できるだけ苦労が少なく歩きたいと、斜面に多く付いている動物の足跡を追ってみることにした。
思っていたとおりなのか、偶然そこが埋まりづらかったのか、足跡を追っていくと登りやすいような気もして、足にも力がこもる。
ホッとひと息
稜線に出たときには、登山口から6時間近くが経っていた。
雪がこんもりと盛り上がったような状態で、スネから膝までが新雪の中に埋まる。
少し歩くと雪から頭を覗かせている標識を見つけた。
埋まってはいたけれど「五地蔵」という文字が見え、ちょうど十三仏の場所に出たことが分かった。
五地蔵山かと思ったけど。
五地蔵が山頂じゃなかった。
高妻山も間近に大きく見え、枝の間からでもその迫力には、しばらく目を奪われた。
黒姫山は間近に見え、その背後にはおそらく魚沼の山々。
すっきりと晴れた空は、どこまでも見渡せそうなほどだった。
登ってきた方向を振り返ると飯縄山が見える。
序盤はあの斜面に見えるゲレンデの音を聞きながら登っていた。
しばらくここで景色を楽しんだあと、稜線を六弥勒へと向かった。
五地蔵が祀られているところは五地蔵山の山頂ではなく、六弥勒へ向かって数分のところに最高地点の山頂がある。
どこも雪に埋もれているため、五地蔵山の山頂標が見えたのは唐突だった。
1998mと書かれた板が木に括り付けられている。
車を停めた管理棟からは5時間54分。
山頂部は広くなく、稜線上のために端に立ち入ると雪を崩して滑落の危険もあり、踏み跡から出ないようにした。
山頂部は狭い
六弥勒へは新しい踏み跡があり、延々と続いていた新雪のノートレース変わって足の負担が軽くなった。
五地蔵山の山頂から数メートル下りてからは、六弥勒へ向かって緩く登っていく。
「高妻山登山道」の看板が見え、景色が開けると六弥勒。
雪に埋もれて祠は見えず、この登山道で最も高妻山を美しく見ることのできる場所に着いた。
高妻山は六弥勒から見るのが一番だと思う
六弥勒からは、高妻山の山体が大きく見え、その前衛に八観音や七薬師の尾根が横たわっている。
目を凝らすと山頂稜線の木々に霧氷が着いているのが見え、露出した岩肌が激しい。
高妻山までもう少しという場所まできたこともあり、あの山頂に立ちたい気持ちもあったけれど、六弥勒から先はトレースが無く、時間的にも厳しかった。
五地蔵山までの登りで新雪に埋まった笹の踏み抜きも多く、高妻山直下の急登を同じような状況で登れるとは思えなかった。
雪が締まってからか、もう少し時間に余裕のある状況で行きたいところだった。
六弥勒からは高妻山が見えるばかりか、北側には妙高山や火打山、焼岳の頸城三山。
七薬師に目を向けると、雲がかかり始めた北アルプス。
ここで長い時間を掛けていると、あの雲が高妻山まで迫ってくるようだった。
弥勒尾根新道での下山
下山は六弥勒から弥勒尾根新道を下りる。
踏み跡のある歩きやすい登山道を期待していたが、ここも昨日までの降雪で雪が新しく、しかも少ない積雪で笹が露出しているところもあった。
東尾根ほどの急な斜面は少なくとも、この状況での登りは大変なのだろうと想像できた。
黒姫山と信濃町を眼下に見ながら下りていく弥勒尾根新道はなかなかに気持ちが良く、それに加えて右手側に見える尾根の急斜面を登ったという達成感に気分が高まった。
ただ日中の陽射しで重くなった雪がワカンに貼り付き、樹林帯に入っていくと無くなっていく眺望が、徐々に疲労感を助長する。
すぐ下に見えるはずの牧場が遠く、雪の重さと歩きづらさには飽きた感もあった。
もう疲れました
ブナ仙人を過ぎると牧場までは目と花の先。
細かく九十九折りに付けられたトレースを踏み牧場へと近づいて行く。
「弥勒新道出口」の看板を過ぎ幅2mほどの沢を渡ると、弥勒尾根新道登山口に着いた。
登りはここから林の中へ入っていった。
帰りの牧場内って気分的にも長い
日が傾きはじめて、夕陽で飯縄山が赤く見え始めている。
影になった五地蔵山や雪が青く見える。
五地蔵山から1時間半かけ牧場入口の管理棟に戻った。