穂高岳テント泊の計画
紅葉シーズン真っ盛りの10月上旬。
上高地周辺では様々な草木が華やかな色に変わり始めていた。
上高地から黄色く変わった木々を見上げながら岳沢へ向かい、重太郎新道から前穂高岳・奥穂高岳へ。
山頂から見下ろす紅葉の涸沢カールを楽しみ、ザイテングラードから涸沢カールへと下りる。
当初は涸沢岳を通って北穂へ行く案もあった。
体力的な面に不安を抱え、そのルートにチャレンジする度胸が無かったことと、吊り尾根だけでも十分に難度の高いルートだったこともあり2泊3日テント泊の計画をした。
上高地へのアクセスは平湯温泉にある「あかんだな駐車場」からのシャトルバス。
片道2000円で河童橋近くのバスターミナルまで連れて行ってくれる。
5時半頃には駐車場に車を停めることができた。
上高地から前穂高岳・奥穂高岳へ
上高地へは平湯温泉にある「あかんだな駐車場」からのシャトルバス。
上高地バスターミナルまで片道2,000円。
30分ほど揺られて到着し、5分ほど歩くと河童橋に到着。
ポスターなどでよく見かける穂高岳の景色を眺めることができる。
天気予報は晴れのち曇り。
心配していた空の様子は、雲が多いながらも雨が降るような様子もない。
河童橋からは山頂は見えないけれど、穂高岳が見える。
何度目かの上高地で始めてココまで見ることができたのは嬉しい。
河童橋を渡り、明神池へと続く木道へ。
上高地の紅葉はもう少しといったところ。
高く見える霞沢岳や標高の高い所が黄色く染まっていて、そこかしこにカメラマンも多かった。
河童橋からはおよそ20分ほど。
岳沢への登山口に到着した。
もう一度、ここで荷物を締め直す。
登山口から岳沢へ向かう
岳沢へはひたすら樹林帯を歩く。
河童橋から正面に沢のように見えるガレガレのスジに沿って登っていく。
急な斜面もほとんどなく、整備されていて歩きやすい。
行く先に見えていた奥穂高岳や明神岳は木々に囲まれて見えないけれど、山頂を雲に隠した西穂高岳の紅葉が綺麗で目を奪われる。
登山口から1時間ほど進んだところで風穴に到着。
天然のクーラーという話を聞いていたので、大きな穴があって強く風が吹くために涼しいのかと思っていたところ、どこが穴なのか気づかなかいほどだった。
岳沢に到着
空は登るほどになかなか晴れ間を見せてくれず雲も厚いまま、赤と黄色の紅葉に覆われた登山道を歩くのが気持ちが良い。
スタートから2時間20分ほど。
目の前に鯉のぼりが立っていた。
鯉のぼりの横に立つと視界が広がり、先に岳沢小屋が見えた。
初日の行程はここまで。
上高地からの所要時間は物足りないような、明日からの準備体操のような気持ちになった。
岳沢小屋の屋根には布団が干されていた。
テント場の予約のために中に入り、小屋から100mほど離れたテントサイトに。
この100mという距離がとても遠く、トイレに行くのにも、何かあっても小屋へ行くたびに、テントから出るたびに100mのガレガレの道を歩く必要がある。
ただ眼下には上高地、乗鞍岳や御嶽山、霞沢岳が見渡せて眺めも良い。
すぐ横にいたふたり組に声を掛け、テントを張りやすい場所を教えてもらい、少し小屋から離れたところに陣取った。
テントを張って明日までの時間を過ごす間、このカップルとは何度か言葉を交わす機会があった。
山での出会いは一期一会で、今日、顔を合わせ、言葉を交わした人とは、またどこかの山で会い「元気で良かったね。」と言い合うものだと思っていた。
ところがこの2泊3日、この二人とは場所を変え時間を変え、何度も顔を合わせ、言葉を掛けた。
思えば登山中の会話にも、この二人が登場し、ルートのどこかで会うことを期待していた時間も多かった。
そのたびに「難度の高いルートを大変だ」と言いながら、笑顔で会って去って行く様子は見ていても楽しかった。
午前中に到着した岳沢、天候も余り良くない。
朝が早かったこともあったので、早めに昼ご飯を食べて昼寝をして明日に備えた。
まだ誰もいなかった僕らのテントの周りは、目が覚めたときには3張りも増えていた。
同じメーカーのテントが並び、まるで展示会のように同じ会社の同じ型のテントだらけになった。
周りでテントを張っていたのは、とても元気で賑やかなパーティーだったので、昼寝を続けることもできず、少し外をウロウロとして景色を楽しみ、暗くなるのを待った。
前穂高岳への登山道「重太郎新道」を紀美子平へ
翌朝、起床は3時半。
2日目の登山ルートは重太郎新道を紀美子平へ登り、前穂高岳を折り返して吊り尾根から奥穂高岳の山頂へ。
目的地は穂高岳山荘。
この季節、梅雨が凍ることもあるにも関わらず、この日のテントの中は思っていたほど寒くなく外も驚くほどの寒さは無かった。
岳沢小屋からは朝日が見えないので、白々としていく上高地の様子を見ながら歯を磨き、トイレを済ませてテントを撤収した。
昨日、声をかけてくれたカップルは、ヘッドライトを点けて暗いウチから登っていった。
天狗の頭からジャンダルムを越えて奥穂へ登るそうだ。
山頂で会えたら良いなと漠然的に思いながら、ガンガンと登っていくヘッドライトの光を眺めていた。
6時、テントの撤収が終わり、明るくなった岳沢をスタートした。
重太郎新道は、岳沢から紀美子平という前穂直下まで急登が続く。
狭く岩が露出しているところをよじ登りハシゴや鎖を登っていく。
つづら折りに登りながら、どんどんと岳沢小屋が小さくなり、明神岳と西穂がどんどんと低くなっていく。
カモシカの立場と岳沢パノラマ
岳沢から約1時間でカモシカの立場に到着。
その高さが森林限界のようで、背の高い木々はなくなって、ハイマツと岩に囲まれるようになった。
視界を遮る物は何も無く、周りを囲む山々の稜線がよく見え、これまで以上の高度を感じる地点になった。
登山道は相変わらず、ひたすら岩と鎖が続き登り続ける。
岳沢からの前穂高岳への距離は2.5キロほどだという。
それにもかかわらず、5時間くらいの所要時間を目安にするようで、どれだけの高さを登らせるのかという印象がある。
森林限界で眺めが良くなった分、急な斜面を登るときや、狭い場所での横移動の高度感が凄い。
紀美子平
岳沢から登山開始2時間20分。
紀美子平直下にはある長い鎖場に到着。
急勾配で上り下りとも一人ずつしか通れない。
上からくる人の様子を伺い、先に行った人の進み具合を見ながら、鎖場にチャレンジしていく。
紀美子平は想像していたよりも狭く、「平」と呼ばれてはいるものの、とても悠々としていられるようなところでもない。
吊り尾根へと続く中継点でもあるので高度感もあり、頭上には前穂への岩の断崖が続いている。
前穂高岳へ登る
紀美子平にザックを置いて前穂高岳へ。
急な斜面に大きな岩がいくつも転がった登山ルートは、歩くというよりも手を突いて這い上がるような印象のところも。
ところによって浮き石や砂で滑りやすいこともあり、合わせて眼下に見える岳沢が怖い。
十分に気をつけて登れば危ないということもないのだけれど、それにしてもこの高度感は慣れていない。
前穂高岳山頂近くまで来ると、上高地から横尾への登山道を覗くことができ、徳沢園と思われる赤い屋根が見えた。
下から眺めることの多かった明神岳も、より険しく切り立った様子が見える。
紀美子平から登ること30分ほどで前穂高の山頂に到着した。
振り返って登ってきた斜面を見ると、この高度感といったら凄い。
山頂は広く岩がゴツゴツと転がっている。
前穂高岳の山頂へ来て涸沢が見えた。
紅葉が最盛期なのか少し早いのかくらいのちょうど良い季節。
黄色く赤く染まった木の葉の広がる涸沢。涸沢ヒュッテも涸沢小屋も見える。
視線を上げると、遠く先には尖った槍ヶ岳。
こちらから見ると、北側から見るよりも鋭さが無いように見える。
眼下に見える屏風岩はとてつもなく大きく、常念岳は富士山のようにかっこの良い山容だった。
富士山も頭だけが見えた。
八ヶ岳、甲斐駒ヶ岳と恵那山や中央アルプス。
近くに見えていた霞沢岳は遠く下に。
西穂高岳の尾根からジャンダルム、奥穂高岳、穂高岳山荘から北穂高岳。
この山域一帯から遠くの山並みまで、とても良い天気で素晴らしい景色が楽しめた。
20分ほど山頂の景色を楽しみ、前穂を登頂した満足感に浸り、紀美子平へ戻った。
よじ登ってきた岩の登りは、今度は急な下り坂になり、さらに岳沢まで見下ろすことのできる高度感が加わって、登りよりも下りの方が緊張する。
吊り尾根を奥穂高岳へ
紀美子平まで下り、奥穂高岳への横移動が始まる。
この登山ルートの最大の難所の吊り尾根。
高く狭くところどころを岩によじ登るようなルート。
すぐ近くに見える奥穂高岳ではあるけれども、遠く時間の掛かるルートだという雰囲気が感じられる。
紀美子平からの吊り尾根をスタートしてすぐに岩をよじ登るようなルートにさしかかった。
丸印はあるけれども、道には見えないような岩で、にも関わらず丸印は明らかに上へと続いている。
岩の窪みに手を掛け、出っ張りに足を掛け、ぐいぐいとよじ登る。
前穂高岳から遠くから見た印象は、狭いけれど横移動が続く感じだった。ところが近づくほど、登り坂と岩の坂道が目立つ。
そして、岳沢から眺めた稜線を歩いていることを思うと、この真下は岳沢で足を踏み外そうものなら出発地点まで転げ落ちるということも頭をよぎる。
奥穂高岳へと続く吊り尾根は、横に移動しては岩を登り、時々すれ違う人と道を譲り合い、最低コルを通り過ぎ、岳沢を見下ろす地点も通り過ぎた。
奥穂高岳への登りは、紀美子平からの標高差を考えると200mも無いだろう。
長い鎖場、どこを掴んだら良いのか分からないような岩の坂道。
安全に山頂に立ちたい一心で手に力を込めて、爪先を踏ん張って上を目指す。
南稜頂下の最後の鎖場は足を掛けるところが高く苦労して登り切ると、その先には山頂への緩やかな登り坂が見えた。
山頂にはいくつものケルンが立てられ、そのうちのひとつは小さな祠が置かれたもの。
ひとつは見える山域が刻まれたもの。
奥穂高岳の山頂へ
紀美子平から2時間、岳沢から5時間30分ほどでようやく奥穂高岳の山頂へ立つことができた。
だんだんと霞んできた空模様で、すっきりと遠くまで見渡せるという感じでは無かったものの、まるで異世界に辿り着いたような枯れた地面と、転がる岩と、まったく緑の見えない周囲。
多くの登頂者がするように、穂高神社嶺社の前で記念撮影をし、奥穂高岳への登頂は完了した。
近づいたジャンダルムを見ると、その稜線から、岳沢で会ったあのカップルが歩いてきた。
まさか山頂で一緒になるとは思いもせず。
そうなったらおもしろいなとは思ったけれど、計算したわけでも申し合わせたわけでもなく。
思いがけない出来事が嬉しくて言葉を交わした。
話を聞くと、南側からのジャンダルムは、奥穂から眺めるほどの迫力は無く、「これ?」と拍子抜けしてしまうような感じもあったとか。
テントを担いで登ってきたことを知り、自分がやったときは3時間かかったと話してくれた。
経験的にも体力的にも敵わない彼が、時間が掛かって大変だと言ってくれたことは、とても救われた感じがした。
体力も無く、自分に見合わないほどのことにチャレンジしているんじゃないかという不安が消える思いだった。
奥穂高岳の山頂でコーヒーを沸かし、写真を撮り、今日のゴール地点、穂高岳山荘を目指した。
あのカップルは明日は涸沢へ登るかも知れないと言っていた。
また一緒になるかもね。と笑いながらお互いに別のルートで下山。
この日の宿泊は、穂高岳山荘のテントサイト。
奥穂高岳と涸沢岳のコルにある山荘を目指し下山を開始した。
奥穂山頂からの下山ルートは、吊り尾根のルートと変わって歩きやすく、急な坂道も少ない。
唯一、小屋近くのハシゴと鎖場に注意が必要で高度感もある。
とくに鎖も無く足を掛けるところのない箇所もあり、ここまでの疲労感を思うと、なかなかの難所だった。
山頂から30分ほどで到着した穂高岳山荘は空いていた。
紅葉真っ盛りで、前日の岳沢が満室だったことを思うと、この空き具合は意外で、ココまでの疲労感を思うと小屋泊まりも良いなと思ってしまう。
穂高岳山荘からの眺め
穂高岳山荘のテントサイトは、涸沢が一望できるような眺めの良い場所に張ることができる。
この日の夕飯を小屋で出してもらう手続きをしてテントを張った。
涸沢が一望できるような眺めの良い場所にテントを張ることができるものの、風が強くてきっと夜も煽られるのだろう。
韓国からの登山者が多いと聞いていたけれど、ほんとうにハングルが多く聞こえた。
夕食をしっかりと頂いて、ふと夕暮れの空を眺めるとさっきまでの明るい夕暮れとは違うピンク色の空が広がっていた。
まさかここでこんな色の空に会えるとは思いもよらず、白山へと沈んでいく太陽を沈みきるまで眺めた。
そして、夕陽とは反対側の涸沢では夕暮れの陽に照らされて一面がピンク色だった。
建物の裏からはジャンダルムが身近に見え、遠く白山が雲海の中に浮かんで見えた。
ザイテングラードを下る
雨が降るという前日からの天気予報は、午後までは雨も降らないだろうという予報に変わり、景色は一面が雲に覆われていた。
下山のルートはザイテングラードから涸沢カールへ。
下りでは3時間も掛からないほどのルートではあるものの急な岩場が続き、注意がいる。
涸沢までの行程の半分ほど急な斜面を下りると、一変して緩やかな下りになった。周りにはダケカンバが茂り、紅葉のトンネルを潜って涸沢小屋へと続く。
紅葉で賑わう涸沢カール
穂高岳山荘から1時間40分で涸沢小屋に到着。
涸沢小屋といえばアイスクリーム。
裏メニューで、ビールジョッキを使ったジョッキパフェもあるそうだ。
残念ながらパフェは8月いっぱいで終了だという。
そして、涸沢の向かい側にあるような立地の涸沢ヒュッテへ。
涸沢ヒュッテのテラスでおでんを食べ、紅葉を眺め楽しんだ。
横尾を経由して上高地へ
涸沢からの上高地までの下りは6時間ほど。
中継点の横尾まで3時間かけてジックリと標高を下げ、横尾から上高地小梨平までは、アップダウンを繰り返しながらほぼ水平移動。とくに難しいところも大変なところも無いのだけれど、この長い長い距離には辛抱がいる。
涸沢を下ると決めたときから覚悟はしたものの、そうはいっても長い。
そしてザックが重い。
涸沢から高谷橋までは思いのほか早く感じた。
存分に楽しんだ穂高岳の稜線も見えなくなるのが早かった。
名残惜しいと思っている暇も無く、紅葉のトンネルに囲まれ、黄色と赤の景色は、どんどんと緑に変わって、岩のルートはフカフカとした土に変わった。
途中、涸沢を目指して登っていく人たちとすれ違い、その多さから、小屋泊まりが大変なことになりそうな想像ができた。布団1枚に3人以上だろうか。
空いていた穂高岳山荘も混み合うのだろう。
吊り橋を過ぎてすぐに、福島から来たという老夫婦と一緒に歩かせてもらった。
25年くらい山歩きをしていて、北アルプス以北の山はだいたい歩いたそうだ。
槍ヶ岳から雲ノ平へ行く計画をしていたり、これまで登った経験を話してもらったり。
なかなか早いペースを崩すこと無く引っ張ってくれるので、肩や足腰に疲労の溜まってきている体にはちょうど良かった。
ダラダラと歩き続けるのも苦労なもので、とにかく足を動かし続けないと止まったときに再び動くのが大変だった。
ひたすら耐える上高地への下山ルート。
横尾に着いたときにはまだ元気で、すっかり存在を忘れていたオヤツ用のカシューナッツを食べ、塩分とカロリーを過剰摂取。
10分ほどの休憩をして上高地へのゴールを目指して出発。
歩いても歩いても変わらない景色。
1時間おきに、徳沢、明神とチェックポイントになる小屋があるので目安や目標にもしやすい。
時間はお昼に近かったが、上高地に近いところまで行きたい気持ちもあったので、明神で昼ご飯を食べる予定にした。
ところが、横尾からの出発後、平坦な道が思っていた以上にきつく、足がなかなか前に出せない。
ザックが肩に食い込むようで、体全体が重い。
明神でお昼を食べる予定を変更して、徳沢でお昼休憩を取ることにして、ザックを下ろすと、しばらくしてトイレに駆け込む自体に。
きっと横尾の自動販売機で飲んだジュースが冷たすぎたのが原因だろう。
100m離れた公衆トイレに駆け込み、出るモノをしっかり流し出した。
そして、徳沢園で食べたのはカレーうどん。
なんだか出したモノを摂取したような、似て非なるモノを補給した。
上高地までの残り2時間。
ひたすら耐える時間になった。
歩いても歩いても変わらない景色。
なんとなく高地らしさはなくなり、屏風岩は明神岳に変わり、横を流れる川は遠くなったり近くなったり。
穂高岳山荘からの下り続けて6時間40分。
横尾からは2時間半ほどでやっとの思いで辿り着いた河童橋。
岳沢でテントを張り、奥穂高山頂で一緒になったあのカップルと鉢合わせになった。
涸沢に行くという前日の話だったけれど、それは止めてゆっくりと下山してきたところだという。
同じルートを歩いていたら、どこかですれ違うこともあるだろうと思っていたけれど、まさかこんなところで、しかも予定を変更していたのに再会するとは思わなかった。
お互いに名前も連絡先も知らない、見ず知らずの彼等に会えて良かった。
初めての穂高岳縦走ルート。
思いがけず出かけることができ、穂高岳は、これでもかとお腹いっぱいになるくらいにテント泊の大変さ、登山の厳しさを楽しませてくれた。